「これが「デリフィニウム」ゆうて、キンポウゲ科の一つでな、淡いかわいらしい花の色からは
想像がつかんがアルカロイド性のきつい毒もってるんや」

「へー」

「でこっちが「ベラドンナ」主に西欧に自生しとって、夏の終わり頃に実が黒く熟成すると
とんでもない猛毒を有するんや、花言葉は「沈黙」かっこえーやろ?」

「ふーん」

「その端っこのが樒の種でそれ一粒でも................て聞いとんのか?」

「うーんとねえ、蔵ノ介が包帯で首しめんの止めてくれたら、頭に酸素まわって聞けると思うよ?」


慌てて「お、すまん」とベッドから棚に伸ばしていた利き手をおろして、白石はくるくると私の首にいたずらみたいに巻かれている白い布きれを解こうとした。彼の筋張った左腕からのびたそれは、私の首に絡まりながら、胸から白い腹にかけてたゆたい、裸の私たちの足元でぐちゃぐちゃになっている。

真摯なおふざけと、戯れと、ふたりの他愛ない純粋さを脱ぎ捨てた跡。

「なんでいつも最後はこうなんねんやろな」と、とんと素知らぬ顔で言ってのける恋人の腕が、優しく体の上を行き来するのを感じながら、私はうーんとひとつ伸びをして長い抱擁にややくたびれ、飽いた自分の体をながめた。きちんと制服の上からは見えない部分につけられた花みたいに散るあかい痕がてん、てん、てんー...............。ひとつ溜息をついて天井を見上げる、その手抜かりのなさと、一見爽やかそうに見える外づらの違いに「エセバイブルめ」と思って、横に長く寝そべる足をかるく蹴ったら「いてっ」とちいさな声がした。


毒草にご執心の白石の部屋は西洋、東洋、所在問わず各国から集められた彼お気に入りの草木で埋め尽くされていて、さながら小さな植物園のようだ。棚にならぶ装丁の美しい専門書、毒々しい原色の花弁、濃紺のような夜の濃さをまとった種子。それらが適度な温度で守られ、彼特有の神経質さで躾けられ行儀よく寄りそってならんでいる。

最初におとずれた時に息をのみ、どれくらいの威力があるのかを聞いた私に「インド象ぐらいはいけるんちゃう?」と軽々と言ってのけ、その後に「もしかしたらベンガルトラもいけるかもな、見た事ないけど」と白石は笑った。そうしてゆっくりと会話が消え、だんだんと近づく彼の瞳に魅入られ、麻痺したように動けずにいる私を優しく捕らえ、なんともたやすく彼は手中にした。世界の珍獣をも殺傷できるこの部屋のおそろしい毒草群に見つめられながら、ゆるゆると消化液で溶かされるようにくちづけが落ち、肌にかする粗い包帯の感触を最後の一瞬に感じて...............そして、私は何もわからなくされた。

それからどれぐらいの時間と同じ体温を共有しただろう。その都度、私はのばされた左腕が私の皮膚に触れる直前、いつもまるで初めて触られるかのように、身を震わせてしまう。なぜならその後におとずれる人肌とは違う繊維の感触がどれほど甘いか、知っているから。私にとっては、もはや白石に触れられる事は、あのざらついた包帯の堪えられぬ感触なのだろう。


隣で優雅に体躯をのばして、自分の体にかかる私の長い髪の毛をおもちゃにしながら
白石は少し不満気に言う。


「それにしてもは植物とかに興味ないよな」

「そう?」

「俺が色々説明しとっても生返事ばっかやし」


そう言われて私はしばし考え込み、ふとこの箱庭のような部屋で過ごしている間に
つらつらと思い浮かんだ事を口にした。


「そんなことないよ、私にだって知ってる毒草ぐらいあるよ?」

「ほんまか?」

「うん、すごくめずらしくって一番綺麗な毒草だと思う」


それを聞いて、琥珀色の瞳が一瞬で燃え上がった。ぐい、と腰を掴まれ、気がつけば自分の上にふわりと白石の重みを感じていた。 上目づかいで挑むように顔を近づけられ、耳元であのあらがえない声が。


「あてたるわ」


すぅ、と細まる切れ長の目。
それがひどく楽しそうにだんだんと酷薄な色をおび、思考の海へと泳ぎだすのを私は息をつめて見守っていた、ああ、私の大好きな底冷えのするようなあの目だ。西の雄とよばれる四天宝寺中学テニス部の信望厚い主将、聖書のようにパーフェクトで基本に忠実。そんな彼の美しい世評の下には、ほら、こんなにも鋭い刃がひそんでいる。それは私の四肢を逃れられないように、標本のようにひとつひとつ丁寧に彼の手の内に射止め、どんな植物が発する悪意よりも、ゆっくりと甘く殺してゆく。


この部屋の温度は適度に暖かくて、とても快適だ。
私はすべてに満足して思考の海に沈む白石に寄り添った。




私は、私の庭に、私だけの毒草を飼っている。











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「私の彼は左きき!」企画様に提出させて頂きました、ありがとうございました。